2023年4月

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文学者・徳冨蘆花(とくとみ・ろか/本名=健次郎、一八六八~一九二七)の青年時代の逸話です。

青年時代の健次郎は、兄の蘇峰(そほう)がすでに一流の新聞記者として名を成していたのとは対照的に、
文学を志しても道は開けず、一人、京都で人生に行き詰まっていました。
さらに恋愛に破れると、さんざん放蕩を繰り返した挙げ句に郷里の熊本へ連れ戻されます。

「兄は天才なのに……」という周囲の冷たい眼が、健次郎を待っていました。

ところが、伯母である竹崎順子は

「何(なん)の、好(よ)か、好(よ)か」

という言葉をもって、健次郎の失意を全面的に受けとめ、大いなる人間愛のもとに慰め励ましたのでした。
この愛のひと言が、後の文学者・徳冨蘆花を生み出したといっても過言ではありません。
のちに蘆花は、当時のことを「おばの愛の翼にはぐくまれ」て、「静かに心身の傷を養った」と振り返っています。

愛のある言葉は人の心を育て、その人生を大きく動かすほどの力を持っています。
まさに「愛語、よく回天の力あり」(道元禅師)といえるでしょう。

(出典:ニューモラル 心を育てる言葉366日)
疾風(しっぷう)に勁草(けいそう)を知る(『後漢書』)
――これは中国古典の言葉で「激しい風が吹いてはじめて強い草を見分けることができる」という意味です。
つまり、人間も苦難や困難にぶつかったときこそ、その人の「芯(しん)」の強さが分かるということでしょう。

私たちは、時に自分の生き方に自信が持てなくなり、仕事や家庭生活への気力をなくしたり、
目の前の課題から逃げようとしたりすることがあります。

そんなときこそ「親祖先から尊いいのちを受け継いで、今、自分はここにいる」
ということを思い起こしてみましょう。
また、私たちはいのちだけでなく、「子孫がよりよく生きていけるように」という親祖先の願いも受け継いでいる存在です。
そうした「つながり」を自覚したとき、自分を大切にし、よりよく生きていこうとする力が心に満ちてくるのではないでしょうか。

(出典:ニューモラル 心を育てる言葉366日)