をよろしくお願い致します。
投稿日:2017年9月22日
例えば学校の宿題。大人だったら仕事や家事など。
早くやったほうがいいことは分かっているけれど
なかなか手がつかない……そんな経験はないでしょうか。
そして、他の人から「もうやったの?」と指摘されたりしたら
ますますモヤモヤした気持ちになるもの。
こうした自分自身の「心の動き」を見つめ、
どうしたら気持ちをうまくコントロールできるかを考えるのも
大切なことではないでしょうか。
小学4年生のK君の、ある夜の出来事です。
毎週楽しみに見ているテレビ番組が終わりに近づいたころ
K君は宿題の存在を思い出しました。
“これを見終わったら、やらなくちゃ”
頭の隅でこんなことを考えていた、そのときです。
お母さんが言いました。
「宿題は終わっているの? まだならこの後、すぐにやりなさいよ」
「分かってるよ! 今そうしようと思っていたところ!」
K君は、思わず大声で言い返してしまいました。
やがて番組が終わり、自分の部屋で机に向かってみたK君ですが……
“お母さんがあんなことを言うから、やる気がなくなっちゃったよ”
同じようなことは、大人でもあるかもしれません。
例えば仕事が立て込んでいるとき、
ちょうど取り掛かろうとしていた仕事について
上司から「例の件はもう着手しているか?」と尋ねられたりしたら……
もちろん仕事であれば、指摘されたからといって
簡単にやる気をなくしたり、言い訳をしたりはできないでしょう。
それでも、思わず
「ちょうど今、取り掛かろうとしていたところなんです!」と
言いたくなることもあるのではないでしょうか。
ここで、どうして“これからやろう”というときに口を挟まれると
やる気がそがれるのかを考えてみましょう。
一つには、自分の中で「自主的にやろうとしていたこと」が
「指示されたからやること」に変わってしまうから、ということが言えます。
また「相手から“この人は言われなければやろうとしない”とか
“忘れているに違いない”と決めつけられた」という自分自身の思い込みも
意欲を下げる原因になっているのかもしれません。
こんなとき、どうしたら前向きな気持ちで取り組むことができるかを
道徳の授業で考えてみてはいかがでしょうか。例えば……
◯どうせやらなければいけないことなら、後回しにしないようにする
◯宿題の前に見たいテレビがあるときは
先に「これを見終わったら宿題をする」と、自分で宣言する
◯人から注意を受けたときは
“どうせ相手は自分のことを信用していないんだ”などと邪推することなく
素直に受けとめる
“今からやろう”と思っていたことを
他者から指摘されたとたん、力が抜けてしまう――それは
誰もが思い当たる心のはたらきではないでしょうか。
一方で、他者の指摘を「余計なひと言」ととらえたままでは
やるべきことに、いやいや取り組まざるを得なくなるでしょう。
しかし、同じ「やらなければならないこと」であるのなら
前向きに取り組みたいもの。
仕事にしても、「与えられて仕方なく、いやいや取り組んだ仕事」と
「みずから目標を達成する喜びを持って取り組んだ仕事」や
「相手に安心をもたらすつもりで取り組んだ仕事」とでは、
できばえも達成感も異なるのではないでしょうか。
また、たとえ指摘を受けたとしても
“気にかけてくれてありがたい”といった前向きなとらえ方ができたなら、
やる気を失うことなく、相手への感謝の気持ちに変えることができます。
日々、直面する一つ一つの物事を
“自分も相手も安心できるように”という視点で前向きにとらえ直していく。
そうした心の姿勢が、人間関係に潤いを与えるとともに
自分自身の心豊かな人生を形づくっていくのです。
(『ニューモラル』565号より)
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